SPIRITUAL JOURNEY

聖なる地球を旅するヒーラーセラピスト・たこうあつみのブログ

『オセロ』を生んだ北キプロス・トルコ共和国4都市めぐり

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トルコと北キプロス・トルコ共和国の旗
北キプロス・トルコ共和国(Kuzey Kıbrıs)は、トルコがあるアナトリア半島の南に位置するキプロス島にあって、地中海に浮かぶリゾート地だ。国として認められていないため、出入国が少し変わっている以外は、観光客は問題なく旅することができ、治安も良好だ。北キプロスには、シェークスピアの『オセロ』を生んだオセロ城がある。トルコ本土からちょっと足をのばしてみたらけっこう楽しい、北キプロス島の旅のまとめ。





北キプロスについて

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キプロス島地図
北キプロスには元々、ギリシャ系キプロス人とトルコ系キプロス人が住んでいた。話す言葉が違うものの、仲良くやっていたのだ。ところが、1960年代に就任した大統領が、トルコ系住民に不利な法整備をしたことを機にトルコ系住民と本国トルコが反発。国連が介入する事態となる。その後、軍事政権のクーデターが成功する。国連が介入するも、事態が改善されないとして、トルコが軍事介入。1974年のことである。トルコ系住民は北へ、ギリシャ系住民は南へわかれて住むことになった。トルコ系キプロス人は人口の11%とされ、トルコ本土からの移住者は、北キプロス人口の30~40%を占めるらしい。キプロス共和国はEUに加盟し、経済的に潤っていて、北キプロスとは相対的とも思える。
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通称グリーンライン/レフコシャ市内のバリケード
今は平和で、治安良好。トルコ各地から船便が就航しているので日帰旅行が可能だ。北キプロスからキプロス共和国へ越境も簡単にできる。パスポートコントロールがある検問所で、パスポートを見せるだけ。そのまま、ギリシャを通ってEUを旅することもできる。北キプロスは国として認められていない為、出入国スタンプは押印せず、別の紙に押してくれる仕組みをとっている。

北キプロス・トルコ共和国/外務省

www.mofa.go.jp

首都/レフコシャ(Lefkoşa)

見どころは旧市街にあり

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レフコシャ
首都ニコシア(ギリシャ語・トルコ語でレフコシャ)は、歴史ある建物がある旧市街と近代的な新市街がある。旧市街は城壁で丸く囲まれた地域だ。


旧市街は、トルコ行政区分とキプロス共和国(ギリシャ側)とで分割されている。首都だけを歩いてみても、トルコ側とギリシャ側とでどのような経済的、歴史的、宗教的相違があるのかを感じることができる類まれなる場所だ。ただ散歩しているだけで、地中海リゾートの雰囲気とキリスト教の歴史的建造物とイスラム教の文化とを垣間見ることができる。

チェックポイントを通過する

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トルコ側とギリシャ側のチェック・ポイント
町の中心は、レドラ・ストリート界隈で、ショップやカフェレストランが軒を連ねている。この通りには、ギリシャ側とトルコ側の行き来ができるチェックポイントが設置されている。身構える必要は全然なく、簡単に通ることが出来る。パスポートはカバンの奥の方に忍ばせておこう。

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アザーンとジャーミィめぐり

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アラブラル・ジャーミィ
このゲートの先には、いくつものモスクや歴史的建造物が残されている。ギリシャ側よりも静かなトルコ側では、アザーンを聴きながら、モスク巡りもいい。

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セリミエ・ジャーミィ(Selimiye Camii)

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セリミィエ・ジャーミィ
12~15世紀にかけてキプロスを支配していた、ルシニャン王朝は、このジャーミィの前身である聖ソフィア大聖堂で戴冠式を行っていた。当時の贅を尽くしたフレスコ画や大理石の彫刻などを用いた素晴らしい教会であった。15世紀ごろ、王朝はヴェネツィアに支配権を譲渡。1570年にオスマン帝国が征服した後は、聖ソフィア大聖堂(St. Sophia Cathedral)は、ジャーミィへと改築された。キプロス島で最も古く、最も大きなジャーミィである。皇帝セリム財団の保有となり、セリミィエ・ジャーミィと名付けられることとなった。
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セリミィエ・ジャーミィ内部
中はまるで教会のよう。オスマン帝国が侵攻してきた時、この教会内で祈りを捧げていた人々は殺されてしまったという歴史的背景を想うと心が痛む。それでも、真っ白な壁と高い天井は当時いかに素晴らしい教会であったかを物語っている。キプロス島は、衰退したオスマン帝国からイギリスが支配権を獲得し、キプロス共和国として独立した後も、ずっとジャーミィのまま残されてきた。
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ジャーミィの外観とマーケット
建物外観の装飾にも注目だ。セリミィエ・ジャーミィの近くには、レフコシャ市営のマーケット(Belediye Pazarı)がある。お土産が買えるような場所ではないが、ふらっと覗いてみると、人々の暮らしに触れられる気がするものだ。

セリミィエ・ジャーミィ

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市営マーケット

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ブユック・ハン(Büyük Han)

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ブユック・ハン
ハンとは、キャラバンサライのことで、シルクロードの国トルコでは、各地に残されている。レフコシャのハンは、「大きなキャラバンサライ」という名前の通り、キプロス最大のキャラバンサライだ。オスマン帝国支配後、最初の知事によって1572年に建築されたもの。中庭の中央には小さなモスクもある。イギリス領土となってからは、刑務所として利用され、その後は生活困窮者の為のアパートとして利用されてきた。
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ブユック・ハンの中庭
今は、レストランやカフェ、ショップが立ち並ぶ、北キプロス観光では外せないフォトスポット&お休み処&観光地となっている。

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オセロの町/ガーズィマーウサ(Gazimağusa)

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ガーズィマーウサ

ガーズィマーウサがあるのは、キプロス島の西端。レンタカーまたはバスで行くことができる。ルシニャン王朝時代、首都に次いで二番目に重要な町であった。王朝が残した、町を取り囲む堀と壁に守られるようにして、今も多くの家々と歴史的建造物が立ち並んでいる。地中海の真っ青な海と、城壁が“映える”絶好のフォトスポットで、北キプロスを旅するなら外せない観光地となっている。

ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ(Lala Mustafapaşa Camii)

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ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ
セリミィエ・ジャーミィと同様、ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィもまた、教会をジャーミィへと改築された。元々は聖ニコラス大聖堂とよばれるカトリック教会で、二番目に大きな教会であった。このジャーミィはこの町のシンボル的存在で、ルシニャン王朝時代の王妃の戴冠式はこの教会で行われてきたそう。確かに、ミナレット(塔)は「後付け」感が満載だ。
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ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ内部
1298年に建築されたゴシック様式の建築は見応え十分。町の中心にあるナムク・ケマル広場に面していて、広場にあるカフェ・レストランで休憩するのもおすすめだ。

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オセロ城(Othello Kulesi)

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オセロ城
シェークスピアが描いたモロッコ人・オセロの悲劇は、ここオセロ城を舞台にして描かれたものとされている。ルシニャン王朝時代の14世紀頃に建てられた城塞は、600年を経てもなお、頑丈な造りに見える。当時は、城の周囲は深い堀に囲まれていて、難攻不落の城として長い間恐れられていた。ここから見る町と地中海の眺めは、最高のものだ。

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サラミス遺跡(Salamis Harabeleri)

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サラミス遺跡
ガーズィマーウサから北へ10kmほど行った場所には、古代遺跡が残されている。トロイ戦争に参加したサラミス島の王の息子によってつくられたとされるこの町は、アッシリア、アレキサンダー大王、ローマ帝国らの支配を受け、アラブ人の襲撃によって町の歴史に終止符を打った。さらに、サラミスの町は地中海で発生した大地震の影響を受け、住民はファマグスタに移住することとなる。町には今も、競技場の列柱や劇場、アゴラ、彫刻が残されている。遺跡好きなら、ドライブついでに訪ねてみたいところだ。

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ギルネ(Girne)

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ギルネの街並み
ギルネは、ギリシャ語でキレニアとよばれる島の北西に位置する港町で、古くは海上貿易の拠点であった。背後には山脈があり、目の前には地中海が広がるリゾート地でもある。この町の城から見渡す景色は、いかにもギリシャのリゾート地。地中海を臨むレストランでいただく食事が最高だ。

ベッラパイス修道院(Bellapais Manastırı)

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ベッラパイス修道院
ベッラパイス修道院は、ローマ時代の12世紀頃建築された、中近東で一二を争うゴシック建築の傑作とされている。修道院は、オスマン帝国征服後、ギリシャ正教会となり、この地に居住する多くのギリシャ人の崇敬を集めていた。トルコが軍事作戦に乗り出して住民が南へ移住後は、博物館として一般公開されている。小高い山の上にある修道院からの見晴らしは必見。

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ギルネ・ヨット・ハーバー(Girne Yat Limanı)

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ギルネ・ヨット・ハーバー
私が北キプロスに滞在する時はここギルネに滞在する。海沿いに並ぶたくさんのヨットと、沈む夕日を見ながらいただく地中海の美味なディナーは、ライブ演奏つき。最高としか言いようがない。美しく歪曲を描く海岸沿いには、やや古い建物が並んでいて、フォトジェニックな風景とインスタグラムでも話題だ。これらは、塩やハルプとよばれる山羊の角を補完しておく倉庫として利用されていたもの。倉庫は、ヴェネツィア、イギリスの植民地時代を経て改築され、現在はオフィスとして利用されているらしい。美しい夕日の写真は、ギルネ城から撮るのがベストだ。

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ギルネ城(Girne Kalesi)

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ギルネ城
ギルネ城は、キレニア城とも呼ばれていて、ギルネの象徴的存在。オスマン帝国が300年間ほど支配した後、イギリスが支配するのだが、城としてではなく、刑務所や警察訓練校として使われてきた。城の内部には、教会や拷問所、難破船博物館がある。特に難破船博物館は、紀元前300年頃に沈没したとされる、世界最古の船を見学することができる。ギルネの港と山々、吹き抜ける風がとても気持ち良い場所で、港の写真をとるなら、この城からがおすすめだ。

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レフケ(Lefke)

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レフケ
レフケは、レフコシャから西へ70km・1時間30分ほど進んだ海と山に囲まれた町。古代から、銅などを産出する鉱山や、柑橘類を始めとした農作物、有名大学校を有してきた。見所としては、古代都市・ソリ遺跡だ。レフケからさらに西へ車で移動する必要があり、行くには不便だが、キプロスをドライブしながら巡りたい観光スポットの一つになっている。

ソリ遺跡(Soli Antik kenti)

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ソリ遺跡
ソリは、地中海沿岸に数多く残されている古代遺跡と同様、ローマ時代に最も繁栄し、アラブ人によって滅んだ歴史を持つ。キプロス島の中で最も重要な遺跡とされている。4000人収容ができる劇場、女神アフロディーテに捧げられた神殿、大理石の噴水や列柱が立ち並ぶ道路、4世紀頃に建てられたとされるキプロスで最古の教会があり、見応えが十分。劇場では、地元の大学の卒業式やコンサートが開催されるなど、今もレフケ市に受け継がれ、使われている遺跡なのだ。

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ヴォウニ宮殿(Vouni Sarayı)

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ボウニ宮殿
ソリ遺跡を訪ねたなら、せっかくなのでヴォウニ宮殿をも訪ねたいところ。さらに30分ほど風光明媚な道路を西へとドライブすると、小高い山の上に見えるのがこのヴォウニ宮殿だ。宮殿とはいえ、今は基礎部分が残っているのみで、宮殿は見る影もない。この宮殿は、ソリを統治したドクサンドロスによって建てられ、130を超える部屋があったそう。紀元前380年ごろに民衆によって焼き払われるという悲しい歴史を持っている。発掘中、金と銀のブレスレット、銀のカップ、何百ものコインなどの「ヴォウニの宝物」が見つかったのだそう。

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忘れてはならぬ地中海リゾート

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カルプズの海
遺跡や観光スポットを中心に記した北キプロスの旅だが、忘れてはいけないことは、キプロスは地中海に浮かぶリゾートアイランドだということだ。秋~冬はさすがに10℃代まで気温が下がるが、地中海性気候で一年中温かく、海は青く透き通っている。島の北側の、Karpuz(カルプズ)は、海沿いにホテルやレストランが立ち並び、遺跡もある。ヴァカンスシーズンには多くの人で賑わうが、少し外れのビーチならけっこう静かだ。
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レメソス/キプロス共和国
キプロスの南のビーチもいい。たとえば、レメソスは、ずいぶん開発されて、ザ・地中海リゾートといった様子だ。どちらも捨てがたく、滞在先は大いに悩むところ。どちらに滞在するかは、好み次第。国はひとつではなくなったものの、一つの島で二つの国を楽しめるメリットが詰まったキプロスへ、また行きたくなる。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

アクセス

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ペガスス航空
イスタンブール等の主要都市から、北キプロスのエルジャン空港までは、ターキッシュエアラインズ、ペガスス航空などの航空会社が複数便飛んでいる。南側のキプロス共和国側なら、ラルナカ国際空港が玄関口。EUから入るか、トルコから入るか、旅のプランにあわせてフライトのチョイスをしよう。

エルジャン空港公式サイト/北キプロス・トルコ共和国

www.ercanhavalimani.aero

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ラルナカ国際空港公式サイト/キプロス共和国

www.hermesairports.com

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※この記事は、トルコのとりこ(2020/5/10)をリライトしたものです。


https://spiritualjourney.hatenablog.jp/entry/weblinks-overseas-trip